国立研究開発法人 科学技術振興機構

データベースが引き出すシングルセル解析の魅力

2022年11月17日
NBDC

2022年3月、東京大学 鈴木 穣 教授らの研究グループが、健常の日本人の血液サンプルを調べたシングルセル解析の研究論文を発表しました。本論文の研究データは、鈴木教授が開発・運用するデータベース「DBKERO」に収録され、どなたでも閲覧することができます。NBDCは、「統合化推進プログラム」の一環として、2022年3月までこのDBKEROを支援してきました。

この記事では、本研究の成果を紹介するとともに、研究に携わった鈴木教授、鹿島特任助教にインタビューし、研究の背景やデータ公開の意義を語っていただきました。
(取材・構成・文:サイエンスライター 西村 尚子)

東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授
鈴木 穣
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任助教
鹿島 幸恵

健常人の血液を1細胞レベルで解析し、免疫状態を経時的にモニター

血液中には、自然免疫を担う細胞(マクロファージ、樹状細胞、単球、NK細胞)と、獲得免疫を担う細胞(T細胞、B細胞)が含まれる。これらの細胞は環境の変化や疾患の有無などによって日々変動するが、細胞を集団として解析する従来法(バルクRNA-seq)では、単一細胞ごとの動態を高精度に解析することはできなかった。ところが近年になり、「一つ一つの細胞ごと」に解析するシングルセル解析が可能になった。

ゲノム医科学を専門にする東京大学大学院 新領域創成科学研究科の鈴木 穣 教授らの研究グループは、健常な日本人7人の血液のシングルセル解析により、「同一人物の日差変動、個人差、インフルエンザワクチン接種、SARS-CoV-2ワクチン接種」の4つのトピックについて、免疫状態をモニターした。具体的には、被験者に少量の血液を提供してもらい、血液の中の約1万個を対象に、代表的な免疫細胞の変化を詳細に調べた。

その結果、平常状態においても「T細胞の割合が高い人」、「NK細胞の割合が高い人」など、個人ごとの免疫プロファイルに差が存在するとわかった。このような個人差には、過去の疾患既往歴によると推定できるものも含まれていた。また、ワクチン接種後の反応についても、「樹状細胞の活性が高い」、「成熟B細胞が増えにくい」といったような個人差が見られた。もちろん、同一人でも日によって細胞種の数や活性状態が変動するが、「一定の傾向」は保たれているとわかった。

図1 研究の流れ
本研究では、大きく4つのTOPIC(同一人物の日差変動、個人差、インフルエンザワクチン、SARS-CoV-2ワクチン)を扱い、それぞれに対して一細胞レベルでのデータセットを取得した。

出典:健常人の血液シングルセル解析が明らかにした個人免疫状態の多様性 | 東京大学大学院 新領域創成科学研究科-お知らせ

図2 一細胞トランスクリプトーム解析による細胞の同定
各サンプルのトランスクリプトームとレパトアのデータは、次世代シークエンサーと情報学的処理により一細胞レベルで解析された。図では、トランスクリプトームの情報を利用して細胞種の同定を行っている。

出典:健常人の血液シングルセル解析が明らかにした個人免疫状態の多様性 | 東京大学大学院 新領域創成科学研究科-お知らせ

オミックス解析で遺伝子と環境の相互作用に迫りたい

私たち生き物は、遺伝情報、つまりゲノムのはたらきによって生命活動を営んでいます。

ヒトゲノムの解読は2002年に完了しましたが、現在も、特定の生体機能や疾患を対象にしたゲノム解析がさかんに行われています。私たちも、高速かつ高精度に、しかも安価に膨大な塩基配列を解読できる次世代シーケンサーを駆使し、「トランスクリプトームやエピゲノム、プロテオームと、がん・免疫・加齢などの状態(表現型)」との関連についての多層オミックス解析(*1)を進めています。

得られる成果が学術的に意義深いのは言うまでもありませんが、医療、健康、食品、創薬、環境などのさまざまな分野での産業応用も期待できます。

一般市民の血液を経時的、継続的にモニターするプロジェクト

オミックス解析の一環として、「シングルセル解析」も進めています。例えば、産学協働のプロジェクトとして、「健常ボランティア」に少量の血液を提供いただき、血液中に含まれる免疫細胞をシングルセル解析し、単一細胞中の全遺伝子の変動を経時的にモニタリングする「東大・柏コホート」をスタートしています。

被験者は、私たちのキャンパスに近い「柏の葉地域に住む健康な高齢者100人」です。各個人の食事、運動、睡眠といった生活パターンや疾患既往と、免疫状態の変化について、詳細に記述するのが目的です。

すでに、がんなどの特定疾患を対象にしたシングルセル解析はさかんに行われていますが、多数の健常な人を対象にし、しかも時間を追ってモニターし続けるといったものは国内では存在せず、学術的にも、データの産業利用という意味でも、「ヒトの健常な状態」の解明は大きなインパクトがあるプロジェクトだと自負しています。

血液シングルセル解析で見えてきた、遺伝子発現の個人差や未病

「東大・柏コホート」を本格始動する前に、パイロット研究として「健常人7人」を対象にした血液シングルセル解析を行いました(詳細については、上記の論文紹介部分参照)。

この7人には、31歳から69歳で、日本人、外国人、過去に大きな病気をして寛解している人等、様々なバックグラウンドを持つ人が含まれます。解析の結果、「健康な状態においても免疫プロファイルには個人差がある」ということが示され、個人ごとの免疫反応を理解する際の重要な基盤情報としてデータを利用することが期待されています。例えば、ワクチン接種という外部刺激を利用した検証からは、「鍵となる免疫応答」は共通しているものの、応答のタイミングや反応レベルには個人差があることが確かめられました。

こうしたパイロット研究での成果を考えると、より多くの被験者をより長期にわたってモニターする本プロジェクトにおいては、被験者の「未病といえるような健康状態の悪化」なども捉えられると期待できます。未病段階での生活習慣の改善などにより、病気に進行するのを防ぐこともできるのではないかと考えています。

データベースで「シングルセル解析の力」を引き出す

パイロット研究として行った血液シングルセル解析の成果の一部は、NBDC統合化推進プログラムで開発したデータベース(DBKERO;Kashiwa Encyclopedia for Researches of multi-Omics data)の中で「シングルセルビューア」として公開しています。
このデータベースは、ヒトへの応用研究を目的としたオミックス情報を統合することを目的としており、国際エピゲノムコンソーシアムによる日本人標準エピゲノム、日本人ゲノム多型、日本人がん細胞由来オミックスなどのデータを収載しています。

新たに加えたシングルセルビューアの特徴は、代表的な免疫細胞19種を色分けし、細胞のポピュレーション変化、細胞種別の全遺伝子発現(scRNA-seq)などを日差(最長84日)で見ることができる点にあります。すでに述べたように、被験者はモニター中にインフルエンザワクチンと SARS-CoV-2ワクチンを接種しており、接種前後の細胞ポピュレーションや免疫関連遺伝子(CD4TRAV1-2など)の発現変化なども詳細に追うことができます。
また、遺伝子発現が似ている細胞同士を近い位置にプロットするUMAP/t-SNEでは、「同じような機能をもつ細胞種」がまとまってクラスタリングされる様子を視覚的に確認することができます。

DBKEROに追加したシングルセルビューアのポイントは、ユーザーが自分の興味に応じて、細胞、分子、遺伝子などの位置情報や時系列変化を視覚的に体感できる点にあります。シングルセル解析は急速に普及してきていますが、「得られた膨大なデータから、何が、どのようにわかるのか」を実データで体感できる機会は、まだまだ少ないと思います。私たちはシングルセルビューアを、こうした新しい技術の「ショーケース」や「共同研究の入り口」のように考えています。

詳細について知りたいと思った方は、産学を問わず私に直接連絡いただけたら幸いです。すでに、民間企業との共同研究や共同事業を20件ほど展開しています。

学術界だけでなく、社会生活にも寄与するポテンシャルが

公開しているデータベースでは個人情報は伏せてありますので、データが「被験者の生活背景や環境変化」とどう結びつくのかはお見せしていません。しかし、この解析の醍醐味は「被験者のイベントと免疫との相互作用」を個人ごとに追える点にあると考えています。今、進めている東大・柏コホートでは、この点を重要視し、5年、10年と腰を据えてモニターし続ける予定です。
今後は既存の高齢者ボランティアの方々をフォローアップしつつ、より若い世代の解析も始めていきたいと思っています。

将来的には、被験者に病気の兆候(未病)が見られた場合、直ちに対処することが、被験者にとっての大きなベネフィットになると考えています。そのような個人データを統合することでデータ駆動型研究(*2)を推進し、健康に関する新たな産業の創生も目指したいと考えています。

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