動的な3次元ゲノム構造(4Dゲノム状態)を網羅的に解析・可視化したデータベース「PHi-D」が公開されました

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2026年10月8日

2026年10月5日、理化学研究所 生命機能科学研究センターの新海創也 上級研究員らは、公共の3次元ゲノム構造データ(Hi-Cデータ)に対し、動的な3次元ゲノム構造(4Dゲノム状態)を網羅的に解析・可視化したデータベース「PHi-D(ファイディー)」を公開しました。

真核生物の設計図であるゲノムDNA は、細胞核内でクロマチンと呼ばれる複合体として折りたたまれ、高次の立体構造を形成しています。そして DNA は細胞の中でただ収納されているのではなく、絶えずゆれ動いており、細胞状態に応じて特徴的なゲノムの折り畳みパターンが変化することで、例えば、遺伝子発現のスイッチのオン・オフなどにも関連していることが明らかになりつつあります。近年、ゲノムの空間的な相互作用からその3次元構造を調べる Hi-C(High-throughput chromosome conformation capture、ハイシー)法が急速に進んでいます。ところが、Hi-C法では細胞を化学的に固定して分析しているため、そこから得られる情報は、多数の細胞が平均化された「静的な構造情報」に過ぎず、生きている細胞の中でクロマチンが時間とともにどのようにゆらいで動くかという「動的な構造情報」を明らかにすることはできませんでした。

新海 上級研究員らは、2020年、Hi-Cデータをもとにゲノムの動的な3次元ゲノム構造(4Dゲノム状態)を再現・解析するための計算手法「PHi-C(Polymer dynamics simulation from Hi-C data、ファイシー)」を開発しました。今回公開されたPHi-Dは、公共のHi-Cデータセットに対し、網羅的に PHi-C解析した 4Dゲノム状態の結果を収載しています。各データセットについて、実験的な Hi-Cデータと PHi-Cモデルの適合結果を並べて表示するインタラクティブな Contact Map、アニメーション表示と色付けが可能な 3Dゲノム構造モデルの動態シミュレーション、ゲノム構造の柔軟性や動的な粘弾性を記述する MSD MapとLoss-tangnet Map、そしてゲノムナビゲーターとしての 1Dゲノムビューワーが提供されており、PHi-C 解析済みの Hi-Cデータを探索・共有するためのインタラクティブなプラットフォームとなっています。各パネルは相互に連動しており、1つのパネルでズームインまたはマウスオーバーすると、他のパネルでも対応するゲノムの位置が連動して表示されるようになっています。

PHi-D から得られる動的な3次元ゲノム構造(4Dゲノム状態)の情報の生物学的な意味付けとしては、新海 上級研究員らは、2026年9月8日、分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)の全ゲノム131箇所とスピンドル極体(SPB:Spindle Pole Body)と核小体を同時追跡する生細胞イメージングプラットフォームを構築し、これと全ゲノムHi-Cデータを「PHi-C」で解析した結果を統合して分裂酵母ゲノムの構造と動態を統一的に記述するクロマチン物理モデル(「デジタルツイン」)を確立したことを、科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences the United States of America」に報告し、2026年9月17日、広島大学、大阪大学、理化学研究所は、共同プレスリリースを行っています。この論文では、分裂酵母のクロマチンのセントロメア・テロメア近傍と染色体腕部にそれぞれ他の領域とは異なる緩和時間を示す領域を発見し、核外のSPBで生じる低周波の揺らぎが、セントロメアを介してゲノム全体に伝搬し染色体運動を駆動する仕組みを解明しました。クロマチンの構造と動態を数理・物理的アプローチによって統合することにより、その動態を支配する物理機構の定量的な解明に成功した世界で初めての報告となります。

上述の論文での解析例は、比較的ゲノムサイズが小さな分裂酵母の事例ですが、こうした方法論は、ヒトのようなより複雑で巨大なゲノムにおいても原理的には適用可能です。このように、PHi-D から得られるPHi-Cデータを用いて「ゲノムの動きを物理法則から読み解く」という方法論は、DNA という「静止した設計図」の研究から、DNA が「どう動くか」という新しい問いへと、生命科学の見方そのものを一歩先に進める研究成果であり、将来的には、老化やがん化、DNA損傷といった、ゲノムの「物理的な乱れ」が関わる病気のメカニズム解明への応用も期待されると新海 上級研究員らは述べています。

PHi-Dは、JST統合化推進プログラムの研究開発課題「4Dゲノム状態の理解と可視化を支援するデータベースの構築」(研究代表者:新海創也 理化学研究所 生命機能科学研究センター 上級研究員) の一環で開発しています。

<PHi-Dの収載データ数>(2026年10月5日現在)

  • 230バイオリソース 1,082実験(15,995染色体)

図 PHi-Dの結果表示画面

a. IGV は、表示している染色体のゲノム領域を示す。各パネルのズーム機能に対応して、示されているゲノム領域が赤枠で示されます。
b. Contact Map は右上半分が Hi-C(実験結果)の結果、左下半分が PHi-C で計算して予測された結果を示しています。
c. MSD Map は、横軸が染色体の座位(locus)、縦軸がlag-time(時間)を示し、ゲノム構造の柔軟性を示しています。 
d. Loss-tangnet Map は、横軸が染色体の座位(locus)、縦軸がfrequency(角周波数)を示し、ゲノムの物理的・動的な粘弾性を示します。
e. 3D Dynamics は、3Dゲノム構造モデルにおいてゲノムの空間的な位置関係が表示されリアルタイムでの動態シミュレーション結果を閲覧できます。また、マウスを使って拡大縮小、回転表示ができます。各パネルは相互に連動しており、例えば、Contact Map で任意の位置をクリックすると、対応する座位が MSD MapとLoss-tangnet Map に表示されるとともに、3D Dynamics では該当する箇所が赤い線で結ばれます。
f. 表示されている 4Dゲノムデータのメタデータが示されます。

用語解説

Hi-C(High-throughput chromosome conformation capture)法: 細胞の核内で立体的に折りたたまれたゲノムDNAの3次元高次構造を、ゲノム全体にわたって網羅的に解析する実験手法。ホルムアルデヒド等の架橋剤を用いて空間的に近接していたDNAどうしを結合させた後、DNAを断片化・回収し、そのDNA断片の配列を次世代シーケンサーでを網羅的に読み取ってマッピングすることにより、どの領域とどの領域のDNAが物理的に近接していたかを明らかにし、コンタクトマップと呼ばれる二次元ヒートマップ等で可視化します。

PHi-C(Polymer dynamics simulation from Hi-C data) :2次元のHi-Cデータから動的な3次元ゲノム構造(4Dゲノム状態)を再現・解析するための計算手法。PHi-C法では、2次元ヒートマップで表現されるHi-Cデータを入力すると、90%以上の相関度合いで入力Hi-Cデータを再現する高分子モデルの最適な相互作用パラメータを得ることができます。その相互作用パラメータを用いることで、静的な入力Hi-Cデータに整合する高分子モデルの4次元動態をシミュレーションすることができ、ゲノムの動的特性を解析できるようになります。

MSD(Mean Squared Displacement) :平均二乗変位。時間経過とともにゲノム上の特定の遺伝子座がどのように揺れ動くか(構造の柔軟性)を定量化した物理指標を指します。

Loss-tangnet :損失正接。貯蔵弾性率と損失弾性率の比(損失の度合い)として定量化した物理指標で、ゲノム上の特定の遺伝子座の物理的・動的な粘弾性を指します。

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